『脚立でGo!海外編 北京の巻』
ご隠居デンジャラスツアー・・・もう何回目か解らん

北京徘徊第十二話
 翌朝、ホテルをチェックアウトして歩いて天安門広場へ

なお、先日から地下鉄に乗っていて気付いたのだが中国語で門はメン(ミェン)と読むようだ。
(西直門はシージーメンって風に読む)

で、その事に気付いてからは

ご:
中華戦隊「天安MEN」(赤色の大爆発)

  
西側諸国の魔の手から共産党(の既得権益)を守るのだ!
  (注 現在の中国はほぼ資本主義・・・だから守るのは共産主義ではない)

                 ジ  ェ  ノ  サ  イ  ド
  
今だ!必殺「チベット大虐殺」とか考えてた。

  
もちろん必殺技は「文化大革命」でも可である・・・犠牲者数はこっちのがデカいか。

ジ:おいおい洒落になんねぇよ。

ご:この文章を打ったのは2008年3月(つまり文章は作り置き)なのだが、

  
直後にまたチベット人虐殺が起きるとは思いもしなかった。

ジ:幾らなんでも「オリンピック」直前にそんな事するなんて思わんな。

  どこら辺が平和の祭典なんだか。


阿呆な事を考えつつ天安門を撮影し、地下鉄に乗ってまた革命軍事博物館へ

流石に朝なので人はそれほど多くない。

昨日と違って脚立を持っていたのだが、持ち物検査にすんなり通った。

なので、今日は各展示物を脚立を使って撮影する事にした。
99式坦克

05式155mm自走砲
(車体&砲塔がでかいから脚立使っても天上が見えん)

95式25mm自走対空砲

館外を撮影した後は当然館内の撮影である。

昨日撮影したものを再度撮影して周って中庭へ

博物館はデジタルの8の字を横にした形状(真ん中下側が入り口)をしており、

横倒しの8の字の○の中(二箇所)が中庭の様な形状になっている。

つまり簡単に図形にすると

┌──────────────────┐
│                           │
│   ┌────┐    ┌────┐   │
│   │      │   │      │   │
│   │ 中庭   │   │ 中庭   │   │
│   │      │   │      │   │
│   └────┘    └────┘   │
│                          │
└───────┐玄関┌───────┘

少し歪だがこう言う感じ。

ただし、中庭と書いてるが実際には展示場所として使われている。

入り口から向かって左側が航空機・魚雷艇置き場、右側が陸戦兵器置き場である。

が、この時は陸戦兵器置き場は工事中で入れずに窓越しにしか見る事が出来なかった。
(確認出来ただけでM4シャーマン、M36ジャクソン、T−34−85等の他多数置かれてた)


なので、行ったのは開いてる航空機・魚雷艇置き場の方である。

建物を出て中庭に出ると両側に小型の船が二隻展示されてた。
右側に置いている船は25トン型砲艇

内火艇を改良した船であり、日本海軍が中国の河川で使用していたのだが、

敗戦後に国民党が使用する事になり、その後共産党側に鹵獲されて使用された。

その前に鎮遠の錨が置かれてた。

鎮遠ってのは日清戦争で使用された戦艦であり、中国がドイツに依頼して建艦したが、

日清戦争中に日本軍に鹵獲されて以降は日本海軍の戦艦として使用された。

「まだ沈まずや〜定遠は」で有名な定遠の同型艦である。

鎮遠は歌にならなかったからか、同型艦の定遠に比べてかなりマイナーである。

ジ:今日日「勇敢な水兵」の歌詞を知ってる日本人自体がマイナーだと思うぞ?

ご:そこは突っ込み無しでお願いします。

なお、この鎮遠の錨は日本国内で保管されていたのだが、第二次大戦後に中華民国(中国国民党)の要望で返却し、

その後に中華人民共和国(中国共産党)が分捕って現在に至るらしい。
で、左側にはソ連製の魚雷艇

奥の方には九九式高等練習機

これまた元々日本軍で使用していた機体である。

何処にでも有るP−51は置いといてU−2偵察機の残骸と表示されたブツ

一番奥にはTu−2が置かれてた。(隣にはA−5強撃もある)

逆側にはMiG−15が二機置かれてた・・・MiGと書いたが、実際は殲撃かどっちか解らん。

看板の表記に拠ればMiGらしい(上のは練習機型)

中庭撮影後、もう一度一通り撮影して早めに引き上げた。


朝一から革命軍事博物館を見物したので、帰りの便の時間にはまだまだ余裕が有る。

んな訳で、お次は航空航天大学航空館へ行く事にした。

地下鉄を乗り継いで西直門駅へ行き、バスにて「航空航天大」へ
(何番のバスに乗ったかは忘れた)

20分ぐらいバスに乗ってたら到着。

ところが航空航天大学航空館が判らず、見つけたのが11時半過ぎ。

で、この航空航天大学航空館は12時から14時までが昼休みなので入れず。

ジ:航空航天大学航空館ってそんなに判りにくいの?

ご:「航空航天大」バス停の近くはデカい建物が多くて一体どれが航空航天大学なのか判らなかった。

  しかもタイミングの悪い事に
ご隠居が行った時は航空航天大の正門が工事中で封鎖。

  
結果、正門のプレートで確認する事も出来なかった。

  更にはそれっぽい大学の入り口が2箇所離れた所に在ったのだが、

  間違えた方に行ってしまって守衛さんに聞いて戻るとか無駄に時間を掛けてしまった。

ジ:大ポカやね。

ご:で、正しい行き方は「航空航天大」バス停(西直門から)を降りた後、歩道橋で逆側に渡り、

  バスで来た方向に少し戻った所に有る大学の門を入り右手に行くと在る。

  多分、工事が終わってたら歩道橋降りてスグの正門を入って前方に見える事になると思う。


結局、タイムオーバーで航空航天大学航空館は見学できずに引き上げる事にした。

で、北京国際空港行きのバス停へ向かったのだが、これがよく解らん。

ジ:何がよく解らんの?

ご:バスは停まってる・・・が、チケットをどこで買えば良いのかが解らん。

ジ:え?ガイド本とかに載ってないの?

ご:地久の歩き方にはこう言う肝心の事は全く書かれてない。

  
要らん情報は多いんだけどな。

ジ:うわぁ〜肝心の時に役に立たねぇ。

仕方が無いので結局タクシーを使って空港へ。

タクシーは前々日のハイヤーと違ってクーラーが効いておらずクソ暑かった。

で、更には帰国便の
機内食は行きと同様にクドい味で大変胃がもたれるシロモノ。

お陰で帰国後10日以上は腹具合に支障をきたしてた。

ジ:それって今考えたらヤバイ物を食わされてたんじゃ?

ご:
帰国直後は暑さとクドさに参ったと思ってたんだが、毒餃子事件やら最近の事件を見たら・・・


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