エピソードT(嘘)
登山(高千穂峰)
                      (『馬鹿話其の壱拾七』に簡単に書きましたが、ここで詳しく書いておきます。)
 九州旅行の際(2000年5月)、ふと山に登ろうと思い立ち『観光書』を宿で見ていると、
高千穂峰(たかちほのみね)と言う山が途中に在る事に気が付いた。
(人吉から鹿児島に行こうとしていた。)
観光書に『霧島神宮駅からバスに乗る』と書いていたのでバスに乗る。
しかし、しばらくすると地図と違う方向に行きだしたので
運転手さんに聞くと『そっちに行く路線は廃止された。』との事。
(思えばココがケチの付き始めやった。)

 仕方なく霧島神宮の近辺に止まっていたタクシーで
高千穂河原(山のふもと)まで行く。

 高千穂河原の右手に登山道入り口との標識があり、
登山道はそこら辺の山道と同様(登山道1参照)だったので、
そのままドンドン上っていった。
(後で確認すると、左側にも登山道はあった。)

 しかし、しばらくすると砂利道(砂利と言うより石が大量に転がっている)
に変わり、木も減りだしたが上から老人ばかり降りて来るので、
『大した事が無いだろう』と登り続けた。
(写真『登山道』2参照)
後になってよく考えたら、老人は全員杖を持っていた。

 
登山道1(真ん中が道)          登山道2  
 しばらくすると、さらにパワーアップ。
途中で樹木が全く無くなり、道も『登山道』でなく『ただの山肌(岩在り)』と化してしまい、
途轍もなく『シビアな坂』となる。
(写真『シビアな坂』参照)

 気分は『ガンダーラ』状態になりながらも、
『この坂を登れば頂上か?』と思い、登ったらまだまだ先がある事に絶望。
(ココから先と帰りに比べたらまだマシやった。)
しかし、ココまで来た手前引き返すわけにもいかず進み続ける。
(引き返すのも容易ではないほどシビア)
右手に火口(写真『御鉢火口』)を眺めながら、道(写真『登山道3』)を進んでいると、
前方(頂上)から『怪しい集団』が接近してくるのを発見。

 しばらくすると『怪しい集団』=『演習中の自衛隊員』の行列である事が判明。(50人ぐらい)
しかし、自衛隊員がこちらを見て『敬礼』したりオレを指差してくる。
行列が途切れた時に自分の帽子を見たら『ご隠居夏帽』を被っていた。
(九州に来る際、江田島で帽子を買っていた。買うまでは『ご隠居冬帽』を被っていた。)

 様は『江田島の人間』(海上自衛隊)と間違われたって訳。
(なんで九州に『江田島の人間』がおんのか不思議やったやろなぁ。)

シビアな坂

御鉢火口

 自衛隊をやり過ごして、しばらく歩くとまた山が見えた。

 今度の登り道は『山肌(岩・石が多量に在り)』って状態。
例えるなら『賽の河原立体バージョン』といった所か?(写真参照)
しかも横は助かりそうも無い斜面。(写真参照)

 登り道は丸太で階段状にしてるのだが、足を進める度に足元が崩れていく。
(丸太まで崩れやがった。)

 それでも、まだ石がある内はまだマシで途中から石が少なくなり、
ホトンド土になったら、余計に崩れやすくなった。
ハッキリ言って『進んでいるのかどうかワカラン』状態。

 しかも、前を登っている家族がドンドン道を崩して行きやがる。
どうにか根性で登りきり、振り返り写真を撮る。
(振り返った風景は写真参照)

 しかも頂上に着くとトンでもない光景が・・・

 そこには『遠足の小学生』が・・・
『街中の学校やったら絶対途中で動けんヤツ出て来るぞ!』
(その上にPTAから抗議される。)
個人的感想は『恐るべし田舎モン!』

 頂上で『天の逆鉾』(神社の社宝)を見物しながら休憩していると、突然雨が降り出す。

 もちろん九州旅行だから着ている物は『夏服』
ただでさえ山頂は標高1574mなのに、
さらに風と雨が追加されて『拷問並』の寒さを体験。
危うく『刻が見える』羽目に陥りかけた。

傘は持って来ていたが、開いた途端に飛んでいく事が想像できたので、使わんかった。
雨で視界が悪くなった風景は写真『下界』参照。

 『生きて帰れんのか?』と思いながら、下山を開始。
登りより、降りの方がキツイ事を痛感しつつ降りる。
(足元が崩れるのに掴む場所が無い。)
仕方なく、途中からはケツを地面につけて、滑りながら降る。

 30分ぐらいして、なんとか無事に下山出来たが二度と登ろうとは思わない。
(例え世界一の美人がベットで『カモ〜ン』と言ってても登らん!)

 なお、翌日に筋肉痛で苦しんだ事は言うまでも無い。

   下山中に撮った写真(向こう側がフモト)
 
『登山道3』と『賽の河原立体バージョン』

助かりそうに無い斜面

振り返った風景

下界