A-7コルセア2(A-7 Corsair2)

マーチフィールド航空博物館にて撮影したA-7Dコルセア2
ピマ航空宇宙博物館にて撮影したA-7Dコルセア2
アメリカ空軍博物館にて撮影したA-7Dコルセア2
ペイトリオッツ・ポイント海軍海事博物館(CV-10ヨークタウン)にて撮影したA-7Eコルセア2
ピマ航空宇宙博物館にて撮影したA-7Eコルセア2
イントレピッド博物館にて撮影したA-7Eコルセア2
海軍航空博物館にて撮影したA-7Eコルセア2
サンディエゴ航空母艦博物館(CV-41ミッドウェイ)にて撮影したTA-7Cコルセア2

1963年にA-4スカイホーク艦上攻撃機の後継として軽攻撃機の開発が提示された。
超音速機は価格が高騰する事が予測された為に、超音速性能は求められずに
格安で全天候能力とA-4の倍の兵装搭載能力が求められた。
LTV社(チャンス・ヴォートを買収してたが、後にノースロップ社に売却、現在ヴォートはトライアンフグループ傘下)は
F-8クルセイダー戦闘機をベースに胴体を短縮化させ、
主翼の角度変更機能を排除し後退角を減少と主翼厚を増す等改良した亜音速攻撃機のV-461を提案。
グラマンのA-6簡略型、ノースアメリカンのFJ-4フューリー(F-86の派生型)の発展型、ダグラスのA-4発展型を
押し退けてA-7コルセア2として採用され65年に初飛行に成功、66年から配備された。
が、空母で使用された際にカタパルトの蒸気を吸って失速し易い事が発覚した為にエンジンを換装したA-7Bを開発。

また、F-100の後継の近接航空支援機を模索していたアメリカ空軍も高性能なA-7に目を付けて採用する事となった。
戦闘機の後釜に攻撃機を充てるのも変な話と思えるが、近接航空支援自体が前線の陸軍の要請に従って
敵部隊を攻撃する事であり、そもそも超音速性能よりも低速での運動性が重視された為である。
ってか、簡単に言えばF-100を運用してみたら速さ要らなくない?だよね〜ってだけの話である。
しかも、空軍はこれの後継に更に最大速度が遅いA-10を開発する始末だし。
空軍では空母上での運用は当然しないので主翼の折り畳みを簡略し、
電子機器と機関砲を換装したA-7Dを採用し、後に同様に電子機器等を換装した海軍型A-7Eが開発されている。
空軍では海賊の名称を使うのに違和感を覚えたのか、SLUF(Short Little Ugly Fellerの略)を愛称としている。
開発・採用が米軍機の命名規則統一後の為に海軍でも空軍でもA-7である。

アメリカ以外ではギリシャ・タイ・ポルトガルでも採用された。

そんな訳で艦上攻撃機の割に空軍でも採用したので、アメリカ空軍系の博物館でも置いてる。
また原型がF-8クルセイダーなので両機はパッと見は似ているが、
F-8に比べて機首先端が丸い上にエアインテークの淵がかなり厚いので見分けは容易だと思う。
(A-7はごつくて丸まってるが、F-8はペラペラだし)

A-7コルセア2

F-8クルセイダー

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