特殊水上攻撃機晴嵐(M6A1)

説明 展示されてる博物館
 日本海軍は戦前より一部の潜水艦(巡潜)に小型の水上機を搭載していたが、搭載していたのは零式小型水偵1機のみであり小型爆弾しか搭載できない為、偵察任務として使用されていた。
ってか、元々搭載した理由は航空機に拠る攻撃を目的としたのではなく、視界が限られる潜水艦に航空偵察を可能とする事で敵軍の情報収集や襲撃を行い易くするのが目的なのだから当然である。

しかし、搭載する航空機に爆撃能力を持たせる事が出来たら前線から離れた敵地すら奇襲する事が可能な訳で、それでもたった一機では戦力としても当てにならない・・・ならデカい潜水艦を何隻か作れば良いやって事で、水上機3機搭載可能な当時では大型の伊四百型潜水艦が量産される事になり、潜水艦の建造決定と共に肝心の潜水艦に搭載可能な爆撃の可能な水上機が存在しないので、専用の水上攻撃機の開発が開始される事になった。
開発は彗星艦上爆撃機を開発した愛知航空機で行われ、昭和18年末に試作一号機が完成した。
機体は単発副座でフロートを二つ装備しており、魚雷もしくは250kg爆弾×4もしく800kg爆弾による急降下爆撃が可能で、敵機の襲撃を受けた際にはフロートを投棄して逃げる事が可能だったり、800kg爆弾を搭載する場合には最初からフロートを外さなきゃならんかったそうだ。
ただ、フロートが無い場合は着水が出来ないので、その場合は潜水艦付近に着水し乗員のみ回収となっていた。

潜水艦にはフロートを取り外して主翼等を折り畳んで格納されており、出撃前に組み立てて発進となるのだが、組み立て→発進に掛かる時間は搭乗員と整備士の技量や海面状態等に左右された。

まぁこんな特殊な機体だから生産数は当然極少数であり、機体自体が凝った作りな事もあり、一機あたりコストが零戦50機分掛かってるとか。


で、こんなに凝った機体+それを搭載する大型潜水艦を開発したものの、東南海地震で工場潰れたりB−29の爆撃やらで生産は進まず、そろった時には既に遅し。
作戦自体はパナマ運河攻撃が考案されていたが、1945年の時点では米軍艦艇は既に太平洋に多量に配備されており、今更パナマ運河を破壊した所で経済的な打撃は有るものの軍事的には意味が丸で無い・・・大掛かりな嫌がらせ以外の何ものでも無い事からパナマ運河の攻撃は中止。

代わりにウルシー環礁に停泊中の米軍艦艇に対して奇襲する特攻と変更されたが、潜水艦の終結中に終戦になり、搭載している晴嵐は投棄処分された。

この機体は特殊水上攻撃機となっており特攻機っぽい名称の上に最後の作戦で特攻する予定だったが、特攻用の機体ではなく特殊な用途の機体ってだけである。
また、派生型としてフロートを外して主脚を付けた普通の陸上機型である南山(もしくは晴嵐改)も生産されている。

全長10.64m 幅12.26m 高さ4.58m 重量3.326t 
武装13mm旋回機銃×1、45cm航空魚雷もしく250kg爆弾×4もしく800kg爆弾
最大速度 時速474km(フロート投棄時560km)  航続距離 1540km
生産数 南山も併せて28機
スミソニアン別館
   
  
スミソニアン別館にて撮影した晴嵐
参考にした本
世界の傑作機No.2 メッサーシュミットMe262

戻る

トップへ