P−40 ウォーホーク(Warhawk)
 もしくは トマホーク(Tomahawk) キティホーク(Kittyhawk)

説明 展示されてる博物館
 
 1935年米陸軍は単葉戦闘機の試作を各メーカーに要請。
カーチス社は空冷エンジン(900馬力)を搭載し、全金属製・引き込み足(一部固定脚の機も有り)のカーチス75を製作しP−36ホークとして採用された。
(P−36の事をイギリスでの名称である『モホーク』と言う場合も有る)
徐々にヨーロッパで戦争の気配が高まって来た事もあり、1938年1月25日に陸軍は低・中高度用戦闘機の開発要求を出した。
それを受けセバスキー社はXP−41とXP−43(P−41の高高度型でP−47の原型)、ロッキード社はXP−38、ベル社はXP−39の開発をそれぞれ開始した。
カーチス社はP−36を小改良したXP−42と空冷エンジンから液冷エンジン(アリソンV−1710−19、1160馬力)に変更し空気取り入れ口の追加等の変更を行ったXP−40を出展し、同年10月14日に初飛行を行った。
同年10月16日に軍に受領されたのだが、テスト飛行の際に『エンジン出力が増しているにも係わらずP−36より低速』な事が判明し、急遽改修をして最大時速550kmを記録した。

 1939年1月25日から比較審査が開始されたが、他の候補機はXPー39・XP−41は完成しておらずXP−38は1月27日の初飛行時に事故を起こした。
が、XP−40も要求速度を充たしていなかった為、再度改修が行われ時速587kmを記録し要求を充たして4月26日に採用された。

 最初の量産型はXが取れてP−40と名称が変わり、エンジンをV−1710−33(1040馬力)に武装を12.7mmと7.7mm機関砲各一門から各二門に変更された。
当初P−40は対ドイツ戦用にフランスが配備する予定であったが、40年6月22日にフランスが休戦したためにイギリスに送られる事になった。
なおイギリスではトマホーク(Tomahawk)、改良型がトマホークMkUと呼ばれた。

 1940年10月からはヨーロッパ戦線の戦訓を取り入れ防弾ガラス・防弾装甲・自動漏洩防止式タンクを装備し7.7mm機関砲を二門追加したP−40Bが生産された。
Pー40Bも対独戦中のイギリスに優先配備され、アメリカ軍への配備は遅らされ、さらに1940年11月から無線機・燃料タンクの改良を行ったP−40Cが生産開始、やはりイギリスに艤装をイギリス仕様(一部は武装を7.7mm機銃×4)にしトマホークMkUBとして優先配備されている。

 1940年6月にはエンジンをV−1710−39(1150馬力)に換装し機体を改修し、武装を主翼の12.7mm機関砲×4(一部の機体は×6)、胴体下に増槽もしくは500ポンド(225kg位)爆弾、主翼下に小型爆弾を6発搭載可能なP−40D型の開発が始まり、1941年7月以降に引き渡され主に訓練用として使用され、同年12月からは武装を12.7mm機関砲×6にしたE型が生産されている。(イギリス仕様も生産され『キティホーク』と呼ばれた)

 アリソンV−1710は第二次大戦で使用されたアメリカ唯一の液冷エンジンだったが高空での性能低下が激しく、当然それを搭載したP−40の高高度性能も悪かった。
そこで高高度性能に優れたイギリス製のマーリンエンジンに変更する事が考えられた。
エンジンをマーリンのライセンス生産品であるV−1650−1(1300馬力)に変更し、それに伴って機体の修正をしたP−40F、防弾板・燃料タンクを減らし軽量化したL型が生産され高空性能が向上している。
両型ともイギリスではキティホークMkUと呼ばれた。

 マーリンエンジンの不足からアリソンV−1710−73(1325馬力)を搭載したK型、胴を延長(K型にも延長した型があるが)したP−40M、武装を12.7mm機関砲×4に爆弾ラックも減らして軽量化しV−1710−81(1200馬力)にした最終生産型P−40Nが1943年4月まで生産された。
イギリスでK・M型(+一部のL型)はキティホークMkV、N型はキティホークMkWと呼ばれた。
風防をバブルキャノピーに変更するなど大幅に改修したXP−40Qが開発され試験でも時速679kmを記録したが、P−51が就役していた事から試作で終わった。

 P−40B・C・E型は太平洋戦争開戦時にハワイ・フィリピンに配備されており、B型は日本軍の真珠湾攻撃時に日本機を5機撃墜したと言われてる。
フィリピンでは開戦当日の日本海軍の爆撃で壊滅的被害を受けた。(偶々奇襲になった)
また、P−40Cはシェンノート率いるアメリカ義勇航空群(フライングタイガース)として日本陸軍相手(主に格下の97式戦相手だが)に善戦している。
緒戦では太平洋戦線の主力機として使用されたP−40だったが、ガダルカナル戦の頃にはより航続距離の長いP−38に機種転換された。
またヨーロッパ方面では主に北アフリカ戦線に配備され、戦闘機としてはドイツ軍のBf109に劣ったがイタリア機には勝り、また搭載能力を活かして対地攻撃にも使用された。

 P−40は零戦やBf109等の枢軸機と比較して駄作機の様な印象を受けるが、P−40に合った使用方法をする事でアメリカ軍(及び給与国)の主力機として、P−47・P−51等の名機が誕生するまでの繋ぎとなった。
また、その防弾性能・操縦の簡易さは多くのパイロットの命を守り、ひよっ子パイロットをベテランパイロットに成長する手助けとなった。
(これはベテランパイロットですら少しのミスで一撃を受けると戦死しかねない日本軍機とは正反対である。)
この点で傑作機とは言えなくても、P−40は名機であったと言えるのではないだろうか?
またP−40はアメリカ陸軍が第二次大戦中に採用した戦闘機の中で最安値でもある。

 P−40は13738機生産され、英連邦以外にソ連・中国国民党・トルコ・エジプト・ブラジル等多くの国に供与・販売された。
ちなみにシャークマウス=P−40のイメージが有るが、元々はドイツ軍が先に始めたものでP−40がオリジナルという訳ではない。


P−40
全長9.68m 幅11.37m 高さ3.77m 重量2.439t(全備重量3.075t)
武装12.7mm機銃×2、7.62mm機銃×2
最大速度 時速575km  航続距離 1、529km(輸送時は2、255km)

P−40E
全長9.67m 幅11.37m 高さ3.77m 重量2.686t(全備重量3.607t)
武装12.7mm機銃×6、胴体下に500lb(ポンド)爆弾、主翼に100lb爆弾×2等
最大速度 時速570km  航続距離 563km(輸送時は1,530km)


Pー40F−5
全長9.67m(長胴型は10.15m) 幅11.37m 高さ3.77m
重量2.808t(全備重量3.679t)武装12.7mm機銃×6、
胴体下に500lb(ポンド)爆弾、主翼に100lb爆弾×2等
最大速度 時速586km  航続距離 603km(輸送時は2,655km)

P−40K
全長9.67m(長胴型は10.15m) 幅11.37m 高さ3.77m
重量2.903t(全備重量3.810t)武装12.7mm機銃×6、
胴体下に500lb(ポンド)爆弾、主翼に100lb爆弾×2等
最大速度 時速582km  航続距離 563km(輸送時は2,575km)

P−40N−20
全長10.15m 幅11.37m 高さ3.74m 重量2.812t(全備重量4.014t)
武装12.7mm機銃×6、胴体下に500lb(ポンド)爆弾、主翼に500lb爆弾×2等
最大速度 時速563km  航続距離 547km(輸送時は4,990km)
P-40B

海軍航空博物館
(ペンサコラ)


P-40E

サンディエゴ
航空宇宙博物館

スミソニアン
航空宇宙博物館別館


国立アメリカ空軍博物館

ヤンクス航空博物館


P-40N

プレーンズ オブ フェイム


TP-40N

パームスプリング
航空博物館

海軍航空博物館(ペンサコラ)にて撮影したP-40B
 
サンディエゴ航空宇宙博物館にて撮影したP-40E

スミソニアン航空宇宙博物館別館で撮影したP-40E

国立アメリカ空軍博物館で撮影したP-40E

ヤンクス航空博物館で撮影したP-40E

プレーンズ オブ フェイムで撮影したP-40N
   
パームスプリング航空博物館にて撮影したTP-40N(練習機型)、右はパーティの為に露天展示中 
   
2010年のネリスエアショーにて飛行展示中のTP-40N 
参考にした本
世界の傑作機No.39 カーチスP−40ウォーホーク

戻る

トップへ