Y号戦車E型 ティーガー1

PzKpfwY Tiger1(Sd Kfz 181)
説明 展示されてる博物館
 ドイツ軍の再軍備計画は大口径砲を装備した支援戦車BW(大隊指揮車輌)と対戦車用ZW(小隊長車)の二種で機甲師団を編制する事になったが゙、フランス軍が開発中のシャール2C等の重戦車に対抗するべく1936年に7.5cm砲を装備した30t級の戦車を開発する事になった。
秘匿名称は補強車(BW)が与えられたが、後のIV号戦車と紛らわしい為に歩兵車(IW)と変更され、更に突破車(DW)と再変更された。
開発は車体はヘンシェル社、砲塔はクルップ社で行われ、1938年に走行装置の違いによりDW.1、DW.2の二種が開発、呼称はVK30.01に再度変更になりテストが繰り返され一時は生産の指示が出されたが、30t級戦車に24口径7.5cm砲では火力不足との意見が出され、またW号戦車用の43口径砲への変更が検討されたが困難との判断から試作だけに終わった。
そもそも重量が10t以上軽いW号戦車と砲が同じなんだからわざわざ開発してテストしなくても開発案の段階で火力不足に気付きそうなもんであるが。
39年にポルシェ社にも30t級戦車の開発指示が出され、電気駆動方式の社内呼称 タイプ100が開発された。
結果は案の定と言うか電気駆動式にトラブル頻発・・・ポルシェ社迷走の始まりとなった。

 VK30.01開発中の1939年に10.5cm砲を搭載して砲塔の全周が100mmの装甲の砲兵車(AW)の開発がクルップ社に命じられたが、重量オーバーの為に中止され、替わりに砲はそのままで装甲を前面80mm、それ以外を50mmにして小型化した砲塔の開発が命じられた。
41年には砲を7.5cm口径漸減砲(ゲルリッヒ砲)への変更が命じられ、VK30.01を原型に発展させた車体への搭載し、重量が重くなる事からVK36.01(36t級)とした戦車の開発指示が出された。
VK36.01開発中も後のパンター戦車の砲塔を載せれる様にしろとか装甲を厚くしろと無茶振りな指示が出され、これまでの例に漏れず更に大重量の45t戦車の開発(VK45.01)の開発が開始されていた為に試作車2両が完成しただけで開発中止となった。
まぁパンター戦車の砲塔は兎も角、口径漸減砲(ゲルリッヒ砲)は強力な兵器では有るが、砲弾の材料にドイツでは産出しないタングステンを使用するので、それを搭載砲にした戦車を量産するのに無理が有ったのだが、これも案が出た段階で誰か突っ込み入れろよと思わんでもない。

 1940年のフランス侵攻の際に重装甲の連合軍戦車の撃破に手間取った事から、1941年5月に重装甲で強力な火力を持つVK45.01(45t級)の開発命令がヘンシェル社とポルシェ社に出された。
これは独ソ戦開始の前でT-34との遭遇前である事から、この車輌はV号戦車パンターやティーガー2と違いT-34ショックで開発されたものではなく、装甲に傾斜がない従来型のIV号戦車を拡大させた形状となる事になった。

ポルシェ社は懲りずに電気駆動式のタイプ100を大型化して重装甲かつ出力を向上させた車体に8.8cm56口径砲を搭載したVK45.01(P)社内呼称 タイプ101を開発。
42年4月18日に試作車が完成しヘンシェル社のVK45.01(H)と比較試験が行われた。

対するヘンシェル社はVK45.01(H)にVK36.01の拡大型を考えていたが、肝心の主砲(7.5cm口径漸減砲)の開発が中止されてしまったので、ポルシェ社のタイプ101の砲塔を電動式から油圧式に駆動を変更し搭載する事が選択された。
その為に急遽砲塔リング径を広げ、あわせて車体幅を変更を行い、早期実用化を目指す為に可能な限りVK36.01の部品を流用する事になった。
ただし、大型化・重装甲化した事からVK36.01より大幅に重くなり、そのままでは機動性に問題が出る為に千鳥足配置の転輪の更に外側に更に転輪を追加、履帯も幅広の物に変更された。
転輪の追加・履帯の変更で接地圧を抑え機動性の確保には成功したものの、このままの状態では鉄道輸送時に貨車からはみ出すので、鉄道輸送時は一番外側の転輪(下図の緑色の)を外し、履帯もVK36.01の履帯を装着する事にして対応する事になった。
つまり鉄道輸送は非常に面倒。

装甲は車体前面上部100mm、前面下部80mm、車体側面60mm、車体後面80mm、無線手席前面に7.92mmMG34機関銃を装備し、足回りはトーションバーサスペンションを採用し、エンジンにはマイバッハHL210P45(650馬力)を搭載し、操縦方式がドイツでは初めてのハンドル方式が採用された。
つまりIV号戦車まではレバーをガチャガチャして操縦してたらしい。
砲塔は主砲防盾85〜250mm、側面・後面が80mm、上面25mmで後面左右にピストルポートが設置され、主砲には56口径8.8cm砲KwK36(Flak36の車載型)、主砲同軸で7.92mmMG34機関銃、双眼式のTFZ.9B照準装置が装備されていた。
また、潜水装置の標準装備も求められ、機関室内に排水ポンプ、車体後部にシュノーケルを収めて潜水時に装備して渡河する事となった。
ただし、この潜水装置は試作車では考慮されていたものの生産初期には装備されずに生産された車両も有る上に生産に手間が掛かる割に滅多に使われなかったらしく、43年9月生産の496号車以降では装備から外された。
45t級戦車として開発開始した車両では有ったが、なんだかんだで出来た車輌は戦闘重量57tと大幅に重量オーバーした・・・が、ポルシェ社のVK45.01(P)も似た様な重量だから、ヘンシェル社の問題じゃないんだろうが。

42年4月からVK45.01(P)、VK45.01(H)共に比較試験が繰り返されて、7月にVK45.01(H)の方が優秀と判断され、VK45.01(H)が採用される事になり、VK45.01(P)は開発中止となった。
ポルシェ博士はヒトラーのお気に入りで、ヒトラーとゲーリングはVK45.01(P)を押していたのにVK45.01(H)が採用された事を考えるとVK45.01(P)は余程難が有ったんだろ。

しかし、試作車完成前にポルシェ・ヘンシェル両社に生産開始の指示が出されており、9輌が完成して引き渡され第653重駆逐戦車大隊で使用された。
他に90輌分の資材が残っていた為にこれはフェルディナント(後のエレファント)重駆逐戦車として完成する事になった。

開発中〜試験中に主砲を71口径のFlak41への換装やVK36.01開発時のパンター戦車の砲塔を載せれる様にとの指示も出たが両方オジャンになった。
前者はリング径を拡張する必要が有った為で、後にティーガー2として開発される事になり、後者は一旦はVI号戦車H型H2と命名されて101号車からはパンターの砲塔を搭載すると決まったが、パンター自体の生産が順調とは言い難い状態だったので結局キャンセルされ、現状のままで生産される事になった。

 VK45.01(H)はティーガーとして採用されたが、生産は前述の通り試験中に開始されており、42年6月に初号車が完成した・・・なお、試作2号車の完成は10月、3号車の完成は12月と量産の真っ最中である。
生産開始された後もドイツ戦車の例に漏れず細々と変更は続き、8月生産車から発煙弾発射機が取り付けられたが43年6月の生産中に廃止された。
12月の生産車より砲塔右後面のピストルポートを脱出ハッチに変更し、43年1月から近接防御用にSマイン発射機を5基設置、4月半ばには砲塔側面に予備履帯の金具が装備され、5月にはエンジンを700馬力のHL230P45に換装し、6月には砲塔に車内から作動・装填出来て発煙弾・榴弾・信号弾を発射可能な近接防御兵器(名前?)を設置、7月にはキューポラをペリスコープ内蔵型の物に、砲塔左後面のピストルポートを装甲栓式の物に変更、8月に前照灯を左側のみと変更となったが右側が見難い為に10月に車体中央に再変更された。(ここら辺から中期型と言われる)
9月生産車からは磁気吸着地雷対策でツィメリットコーティングが施され、以降生産の車両全てに施された。(ティーガーは44年8月生産中止、ツィメリットコーティングの中止は44年9月)
10月にはSマインが装備より外され、44年2月からティーガー2に使用されている鋼製転輪が導入され、それに伴い誘導輪が小型の物に、砲塔上面の装甲厚を40mmに、主砲照準器を単眼式の物に変更された。(ここら辺から後期型)
新規生産は44年6月で終了し、44年7・8月に前線で使用された車両を後期生産車と同様の改装が行われた。

 ティーガー1はT-34(76)やM4(ファイアフライ除く)では対抗するのが難しかったが、T-34-85やスターリン重戦車、ファイアフライ等ティーガー1を撃破可能な車両や圧倒的な数量で雲霞の様に飛び回るヤーボ(戦闘爆撃機)により撃破、ドイツ軍の燃料不足や故障による遺棄(大重量なので回収も困難)により数を減らしていった。
電撃戦の最中に開発が進み破防槌的な役割を担うために開発された車両では有るが、生産開始は連合軍の反抗が始まった時期で防御戦闘に活躍する事になった。


 派生車輌には無線機を増設した指揮戦車型、重爆薬運搬車BIVを遠隔操作する遠隔操縦指揮戦車型、38cmロケット砲を搭載した支援戦車シュトゥルムティーガーが存在する。


Y号戦車E型 全長 8.45m   幅 3.7m 
       重量 57t  最大速度 時速40km 生産数 約1346輌
ティーガーT初期生産車

ボービントン戦車博物館


ティーガーT後期生産車

ソミュール戦車博物館

ムンスター戦車博物館




画像はボービントン戦車博物館のティーガーT初期生産車(131号車)




画像はソミュール戦車博物館のティーガーT後期生産車

ムンスター戦車博物館の後期生産型


2015年6月にボービントン戦車博物館で行われたタンクフェスタで走行する131号車。
マズルブレーキ内に付いているのは演出用の発煙装置。

牽引されて外に引っ張り出されるティーガー1

エンジンを稼動させるティーガー1

信地旋回した後に前進するティーガー1

広場を走行するティーガー1

タンクフェスタ終了後に撤収するティーガー1
参考にした本
グランドパワー別冊 ドイツ重戦車Tiger1(2)
ジャーマンタンクス(大日本絵画)
ドイツ戦車発達史―戦車ものしり大百科 (潮書房光人社)
戦車名鑑1939〜45(株式会社光栄)
WWUドイツ軍兵器大図鑑(株式会社グリーンアロー出版社)等
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