V号中戦車パンター(Panther)Sd.Kfz.171

説明 展示博物館
 1940年のソビエト侵攻時(バルバロッサ作戦)、当時のドイツ軍中戦車がソビエト軍T−34に勝てなかった事(T−34ショック)から開発が指示された中戦車。
T−34をモデルに開発された為(最初はT−34そっくりだった為にヒトラーからケチつけられたらしい)、それまでのドイツ戦車と違い被弾経始に優れ(装甲を斜めにして貫通し難くしている)、かつエンジン馬力が大きい(Y号戦車B型と同じ700馬力)為、走行性も良く、終戦までW号戦車と共にドイツの主力戦車として活躍した。
1943年1月からD型が量産されたが、戦力化を急いだため駆動系の故障が相次ぎ、7月の史上最大の戦車戦として有名なツィタデル作戦に約200両(資料により諸説有り)投入されたが、作戦中止時には故障多発のために10両前後しか稼働状態になく現場を悩ませた。
(冷却不良で炎上した車両もある。)
現場からの苦情が多かったからか、1943年7月からトランスミッション等を改良したA型(最大装甲は110mm)が生産された。
また、パンターD型が完成した時点で、装甲強化したパンターUの開発が始まった。
最初は車体の装甲強化案だったが、ティーガーTとの共通化に変わり、次にティーガーUとの共通化案に落ち着いた。
が、スケジュールが遅れるうちに『直接、パンターD型の車体を改良した方が良い』との意見が出た為、車体一両が完成したのみで終わった。
この車輌は後にアメリカ軍に鹵獲され、G型の砲塔(アゴ付き防盾)を搭載した形でパットン博物館に展示されている。
見た目は後に開発されたG型の車体に似ているが転輪が一組多い。
(このゴタゴタにより、ティーガーUの開発も遅れる事になった。)

パンターU開発の経験から、1944年3月には装甲を増し(最大装甲は100mm)、装甲の角度を変更したG型が生産開始されており、夜間行動出来るように赤外線暗視装置を装備した車両もあった。(下の画像)
終戦時には小型砲塔に変更したF型が開発中だった。

派生車両はX号駆逐戦車ヤークトパンター(Jagdpanther)・戦車回収車ベルゲパンターと開発中の対空戦車ケーリアン(開発コードCoelian)が有る。
なお、戦後フランスでX号戦車の砲塔を参考にして軽戦車AMX13が作られた。
パンターD型の次の型が、なぜA型なのかは不明。(A型の次もG型だし)
中戦車と言う割には実物はデカい。

X号戦車 全長 8.86m 幅 3.27m 高さ 2.98m 重量 D型43t A・G型45t
 最高速度 約時速46km 装甲 前80mm 横50mm 後ろ40mm 総生産数 6187輌
X号戦車A型
ジンスハイム
交通技術博物館
ソミュール戦車博物館
ボーデン軍事博物館
アバディーン戦車博物館
(移転済み)

X号戦車G型
ボービントン戦車博物館
パットン戦車博物館
(移転の可能性有り)
コブレンツ
軍事技術博物館

(移転か倉庫保管中?)
アバディーン戦車博物館
(移転済み)


パンター指揮戦車
ムンスター戦車博物館

パンター2試作車体
パットン博物館
(移転の可能性有り)

ベルゲパンター
ソミュール戦車博物館
画像はアバディーン戦車博物館のパンターA型
上の2輌はジンスハイム交通技術博物館のパンターA型(↓に1輌目の履帯駆動の動画有り)
画像はソミュール戦車博物館のパンターA型
画像はアバディーン戦車博物館のパンターG型
画像はムンスター戦車博物館のA型ベースのパンター指揮戦車
画像はパットン博物館のパンター2試作車体(砲塔はG型の物を搭載)
画像はソミュール戦車博物館のベルゲパンター(重戦車用の回収車)


パンターA型の履帯駆動を動画撮影
参考にした本
ジャーマンタンクス(大日本絵画)
ビジュアルガイド WWU戦車1 電撃戦(株式会社光栄)
ビジュアルガイド WWU戦車2 東部戦線(株式会社光栄)
ドイツ戦車発達史―戦車ものしり大百科 (潮書房光人社)
戦車名鑑1939〜45(株式会社光栄)
WWUドイツ軍兵器大図鑑(株式会社グリーンアロー出版社)等

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